第3話 もう一人の「私」

森を抜けると、真琴ともう一人の真琴の前には見知らぬ町が広がっていた。古い石畳の道が続き、周囲には温かな灯りが点り始めている。夕暮れの空はオレンジ色に染まり、町全体が柔らかな光に包まれていた。

「ここは……どこなんだろう」

真琴は足を止め、目の前の風景に見入った。見たこともない場所なのに、どこか懐かしい気持ちが胸に湧き上がる。

「私も初めて来たはずなのに、不思議と落ち着くわ」

もう一人の真琴も同じように感じているらしい。二人は顔を見合わせ、小さく微笑んだ。

「行ってみようか?」

「ええ、一緒に」

二人は手をつないで町へと足を踏み入れた。道行く人々は彼女たちに親しげに微笑みかける。まるで、ずっと前からここに住んでいたかのように自然に受け入れられていることに、真琴は驚きを隠せなかった。

「ようこそ、双子の姉妹さん」

店先に立つ老婦人が声をかけてくる。真琴たちは思わず立ち止まり、お互いの顔を見つめた。

「双子、ですか?」

真琴が尋ねると、老婦人は優しく頷いた。

「ええ、とても仲の良い姉妹に見えますよ。ぜひ、この町を楽しんでいってくださいね」

礼を言って再び歩き出す。双子と間違えられるのも無理はない。何しろ、彼女たちは瓜二つなのだから。

「ねえ、少し休まない?」

もう一人の真琴が指差した先には、小さなカフェがあった。窓から暖かな光が漏れ、心地よい音楽が流れてくる。

「そうね、少し疲れたし」

二人はカフェに入り、窓際の席に座った。テーブルには花が一輪、生けてある。店員がメニューを持ってきてくれた。

「おすすめはリンゴのタルトです」

その言葉に、二人は同時に目を輝かせた。

「リンゴのタルト、いいわね」

「うん、大好きなの」

オーダーを済ませ、しばらく周囲の雰囲気を楽しむ。店内は落ち着いた色調でまとめられており、他のお客さんたちも静かに会話を楽しんでいる。

「まるで絵本の中にいるみたい」

真琴がそう呟くと、もう一人の彼女も同意した。

「本当にね。時間がゆっくり流れている感じがする」

運ばれてきたリンゴのタルトは、見た目も美しく、香りも良い。一口食べると、優しい甘さが口の中に広がった。

「美味しい!」

二人は顔を見合わせて微笑んだ。こんな風に誰かと喜びを共有するのは、真琴にとって初めての経験だった。

「ねえ、あなたはどうしてここに来たの?」

真琴が尋ねると、もう一人の彼女は少し考えてから答えた。

「自分を見つけるため、かな。ずっと自分が何者なのか、わからなくて」

「私も同じ。自分の中にある気持ちを誰にも言えなくて、孤独だった」

その言葉に、もう一人の真琴は優しい眼差しを向けた。

「もしかしたら、私たちはお互いを見つけるためにここに来たのかもしれないね」

「お互いを……?」

「そう。自分自身と向き合うために」

真琴はその言葉の意味を考えた。彼女と出会ってから、不思議と心が軽くなっていることに気づく。自分が抱えていた孤独や自己否定の感情が、少しずつ溶けていくような感覚。

「あなたに出会えて、本当によかった」

素直な気持ちが口をついて出た。もう一人の真琴も微笑んで頷く。

「私も同じ気持ちよ」

カフェを出る頃には、外はすっかり夜の帳が降りていた。星が瞬き、町の灯りが温かく輝いている。

「今日はどこかに泊まろうか」

真琴が提案すると、もう一人の彼女は空を見上げながら答えた。

「そうね、明日からまた一緒にこの町を探検しよう」

二人は近くの宿屋に泊まることにした。部屋に入ると、大きな窓から夜空がよく見える。

「綺麗な星空……」

ベッドに腰掛けながら、真琴は窓の外を眺めた。すると、部屋の隅に大きな鏡が置かれていることに気づく。

「鏡……?」

二人はその前に立ち、自分たちの姿を映してみた。やはり、全てが同じだ。それでも、真琴は微かな違和感を覚えた。

「ねえ、何かが違う気がしない?」

真琴が問いかけると、もう一人の彼女も真剣な表情になった。

「そうね。見た目は同じだけど、何かが……」

二人はじっと鏡の中の自分たちを見つめた。すると、ふともう一人の真琴が口を開いた。

「もしかしたら、私たちの心の中に違いがあるのかもしれない」

「心の中?」

「うん。抱えているものや感じ方、それが私たちを分けているのかも」

その言葉に、真琴はハッとした。自分が抱える秘密、そしてそれによる孤独感。それを彼女も感じているのだろうか。

「実は……私、誰にも言えない秘密があるの」

勇気を振り絞って告白すると、もう一人の彼女は優しく頷いた。

「私もよ。ずっと一人で抱えてきた」

「もしかして……」

「ええ、同じかもしれない」

二人はお互いの手を取り合った。心の中の闇を共有できる相手がいることが、これほどまでに心強いとは思わなかった。

「ありがとう、話してくれて」

「こちらこそ、聞いてくれて」

その夜、二人は遅くまで話し込んだ。自分たちの過去、感じてきた孤独、そしてこれからのこと。話せば話すほど、心の距離が縮まっていくのを感じた。

「明日からも一緒にいようね」

真琴がそう言うと、もう一人の彼女は微笑んで答えた。

「もちろんよ。私たちはもう一人じゃないから」

ベッドに入り、二人は静かに目を閉じた。外からは遠くの祭囃子のような音がかすかに聞こえる。心地よい疲れが体を包み、すぐに眠りに落ちていった。

翌朝、窓から差し込む光で目を覚ました。もう一人の真琴はすでに起きており、窓の外を眺めている。

「おはよう」

「おはよう、よく眠れた?」

「ええ、とても」

二人は朝食を取りに下の食堂へ向かった。新鮮なパンと果物、温かいスープが用意されている。

「今日もいい天気ね」

「本当ね、何だか良いことがありそう」

食事を終え、二人は再び町を歩き始めた。これから何が起こるのかはわからない。それでも、お互いがいることで前に進む勇気が湧いてくる。

「行こう、私たちの答えを探しに」

「ええ、一緒に」

心の中の影と光を抱えながら、彼女たちは自分自身を見つけるための道を歩む。